いいとこ茨城 3
一八七六年茨城県の箱田に、旧笠間藩士木村信義の長男として生まれ、三歳から南画を習い始め、東京美術学校を卒業、その後に起った日本美術院の運動に参加して行く木村武山。
美術学校の学生時代、平泉中尊寺金色堂修復に助手として参加した経験が、仏画を描くに当っておおいに役立ったと思われるが、観音さまの画の前に立つと、その細い線から流れ出てくるような優しさが、心を落着かせ穏やかな気持にさせてくれる。
今、藤田さんは館長の仕事のかたわら、木村武山の作品を写真集にしようと奔走している。
笠間に「武山会」も創った。
現在までに五百点余撮影したが、連絡を受けると、西に東にと、飛び回る日々を送っている。
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